謙虚であること

「謙虚である」ということは素晴らしい。

これは誰もが認めることだと思います。

しかし、これが難しいもので

「言うは易く、行うは難し」なんですよね。

「私は謙虚です」なんて人が居たらどうでしょう?

そんなことを言う人が謙虚である筈もなく、

謙虚の大切さを口にすること自体に

その人の高慢さが見え隠れするものですから、

いやはや困ったものです・・・。

こんなことを偉そうに言いだす私だって然りで、

謙虚さのかけらもないヤツなのですから

まったく困ったオヤジです。

人が「謙虚であれ」という言葉を口にするのは、

「そうでありたい」との願望があるからであり、

すでに謙虚な方からそんな言葉は

きっと発せられる筈もないことでしょう。


思うに、謙虚な人とは

精神的な許容範囲がとても広い人のような気がします。

言い換えれば「他者を赦すことができる人」ではないか?と。


他者との関わりの中で、

考え方や意見が食い違うことを容認しながら

逆にそれを受け入れることで

違いを楽しむことさえできる人。


「人は人、自分は自分」なんて言い方をすると、

つい、個人主義とか利己主義だと捉えがちですが、

違う言い方をすれば

「あなたは、あなたのままでいいですから、

私も、私のままで許してくださいね」ということ。

それが謙虚な人のベースにあるんじゃないのかな?

なんて想像してしまいます。

というわけで・・・

「謙虚であること」というのは、

他人を認め・・・自分をも卑下しない

戦わずして王道を歩む人の姿勢なのではないかと

ふと考えてしまった、今朝のオヤジなのでした。

年寄りの知恵

最近知り合った、87歳のおじいちゃんが居らっしゃいます。

いつもまわりの方に感謝の言葉を投げかけながら、

「おかげさまで・・・ 」と言いながら、

いつもニコニコと笑顔が絶えません。

今朝も近くを通りがかったついでに声をかけ、

少しお邪魔してお茶をいただきながら、

あれやこれやとお話をしましたが、

「アンタみたいに勉強しとらんから、

わたしゃ、な~んも知らんがね」と笑いながらも

私がこれまで何年も掛けて懸命に学んできたことを

いとも容易く、簡単な言葉に置き換えられるたびに

参ったなぁ・・・そんな簡単なことを

オレは今まで偉そうに語ってたのか・・・。と

お会いするたびに、いつも自分の愚かさに気付かされます。


これからもきっと本を読んだり

人の言葉を聞きながら学び続けようと思いますが、

知識として溜め込んでる内はダメだ・・・

年寄りの知恵となるまでに高めなくては、と

あらためて肝に銘じるオヤジなのでした。

赤ちゃんステッカー

車のリアガラス等に

『赤ちゃんが乗っています』

と書かれたステッカーが張ってあるのを見かけます。


私はかねがね、そのステッカーを見ながら

「ゆっくり走ってても勘弁して下さいね」

また「むやみにクラクション鳴らして

赤ちゃんをビックリさせないでね」

という意味合いだとばかり思っておりましたが、

先ほどネットで、このステッカーの本当の意味を知りました。


実はもともと安全運転などの目的で作られたものではなく、

以前アメリカで起こった自動車事故が

発端であったということです。


その自動車事故の際、事故の衝撃によって

赤ちゃんがシートの隙間に挟まってしまったのですが、

レスキュー隊が、その赤ちゃんに気づかずに

全員救助したつもりで作業を終えたため、

幼い命を救うことができなかったとの教訓から

万一の事故の際に、速やかな救助ができるようにと

作られたステッカーだということでした。


一枚のステッカーに込められたメッセージの重さに、

胸が締め付けられる想いになってしまいました。


いずれにせよ、大切な子供たちの命は

私たち大人が守ってやらなければならないと、

あらためて強く感じたオヤジなのでした。