礼儀

親しい若者たち数人と

ある和食の店へ入りました。

内心私も感じてはいたのですが、

「ここ、料理人が変わったんですかね?

最近まずくなりましたよね」などと

若者たちが口々に料理をけなすのが

店の方に聞こえはしまいかと心配で、

「コラ、店の中でケチをつけるんじゃない」

と窘めました。


料理などの味や、店のサービス

また、商品の品質などが悪くなり

クレームの一つも言いたくなるということは

良くあることですが、

親しい店や、今後も行きたいと思う店ならば

プラスの意味で感想を伝えるということは

ある意味良いことでしょうが、

そんな店でなければ、

クレームやケチをつけるということ自体

必要も無いような気がします。

意に沿わなければ行かなければ良いし、

買うこともやめれば良いだけのことでしょう。


おまけに、食事の場合は

「美味しいねぇ」という会話では食事が和みますが、

「不味いねぇ」という評価をしてしまうと、

せっかくの楽しい会食を台無しにしてしまいますから

できるだけ避けたいものです。

「美味しい」という会話は食事中に。

「美味しくない」と思った場合は、

店を出てから言いましょうよ。

まして、この会食

割り勘じゃなくて、オヤジの奢りだろー!!


人様に御馳走になる際には、

それがどんなに不味かったとしても

決してケチをつけてはなりません。


料理自体に文句をつけたつもりでも、

それは奢って下さった人に対しての非礼となります。

それが「礼儀」っちゅうもんですよ ^ ^

泥のように眠る

昨日は撮影の仕事で山の奥まで向かいました。

久々に重たい機材を背負っての山歩きで、

運動不足の身体が悲鳴を上げ、

帰宅してシャワーを浴びて、

ソファに横になった途端・・・

晩飯も食わないまま爆睡してしまいました。


こんなに泥のように眠ったのは久しぶりで、

なんとも言えない心地よい目覚めに、

ふと思ったのでした。



毎日重労働をなさっている方には

申し訳ない話ではありますが、

普通の仕事をしている私は、

「泥のように眠る」ということを、

年に何度経験するのだろうか?なんて。


「疲れた~!!」と叫んでいるものの、

考えてみれば日々の生活において

そんな経験をすることは

年に数えるほどしかありません。



一日を終える時、日中にしっかり使い切った

肉体の疲労感を覚えるくらいに動くことが、

身体に良い影響を与えるような気もしますし、

その疲労感から、

つまらないことを考える余裕も無く

泥のように熟睡するというのは、

本当に健康な暮らしであり、

そして幸せであるような気がします。


クタクタになって一日を終えて、

エネルギーを使い果たして爆睡する。

すると、翌朝にはきれいなエネルギーで

身体が満たされているから、

目覚めもいいし食事も美味い。

こんな素敵な循環ができたらいいですね。


バッテリーだって使い切ってないのに

毎日ちょこちょこと充電してたら、

寿命が短くなるんです。

バッテリーを長く持たせようと思ったら、

しっかり放電してから充電するのが理想的。

人の身体も一緒なんだろうと思います。

しっかり疲れて・・・・しっかり寝る。

毎日、もっと身体使わなくっちゃ!!

なんて思った、今朝のオヤジです。


P.S

昨日あんなに身体を酷使したのに、

何故かどこも痛く無い。

きっと忘れた頃にアチコチが痛くなって

「なんでだ・・・?」って思うんだろうなぁ ^ ^;;

車を忘れた

昨日、書店で知人とバッタリ出会いました。

久しぶりだったので「お茶でも」ということになり、

知人の車に同乗して喫茶店に。

話が弾んで2時間あまりも話した末、

喫茶店から自宅まで送ってもらい

玄関のドアを開けながら気付きました・・・。

「ゲッ!! オレの車を書店に忘れた!!」

家内が居ないからどうやって取りに行こうか?

知人に電話をかけて戻ってもらおうか?

・・・でも、悪いしなぁ ^ ^;;

しょうがない、タクシー呼ぼうかな?

そんな思案をしている最中、玄関のチャイムが鳴り

「ごめん、車忘れただろう?」と、知人の声。

助かった!!と、無事車に戻れましたが、

いやはや、ドジなオッサンです ^ ^;;